アライコウのノベルゲーム研究所

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実は画期的で好評だった? 『ミシシッピー殺人事件』再評価論:前編

 

『ミシシッピー殺人事件』
 40代以上のゲーマーであれば多くの人が聞いたことがあるだろう。もっと若くてもレトロゲームが趣味で知っているという人や、なんとなくのイメージだけある人もいるかもしれない。
 1986年10月31日にジャレコから発売されたファミコン用アドベンチャーゲームである。

『ミシシッピー殺人事件』(ジャレコ、FC、1986年)

 広大なるミシシッピー川を下るデルタ・プリンセス号。セントルイスからニューオーリンズへの旅のさなか、探偵のチャールズ・フォックスワース卿とその助手ワトソンが船内で殺人事件に出くわす。はたして犯人は……?
 という古典的な海外ミステリーらしい舞台で展開される、ファミコンでは『ポートピア連続殺人事件』(エニックス、1985年11月29日発売)以来、2作目のアドベンチャーゲームだった。
 しかしその評価が芳しくないことは、これも多くのファミコン世代がご存じだろう。

 船内なのになぜかある落とし穴にかかって死ぬ。
 船内なのになぜか飛んでくるナイフにやられて死ぬ。
 容疑者に聞き込みをしようとしても、一度話したことは二度と話してくれず、メモを取り忘れていると詰む。

 これらの特徴は当時のファミっ子を混乱させ、呆然とさせた。
 私も少年時代にプレイしたものの、例に漏れず何をどうしていいかまったくわからなかった。クリアできたのはつい最近、それも全面的に攻略サイトに頼ってのことだ。

 理不尽な展開、不親切なシステム、極悪な難易度――などと、あまりにも低評価ゲームとして擦られ、各所で取り上げられてきたことで、本作は『スーパーマリオブラザーズ』『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』といった名作の数々にも劣らない知名度を有するに至っている。
 マイナーに終わってしまった作品よりは良いではないかと言う向きもあるが、ゲームにとって名誉なことであるはずもない。ともあれ、もはや本作の低評価は覆らないように思われる。

 しかし、見るべきところは何もないのだろうか? ノベルゲームを研究する私はいつからか、この作品に対してそんな考えを抱くようになった。
 ビデオゲームの研究にあたり、もっとも重要視されるべきはゲームデザインに着眼することだろう。
 欠点があることは認めるにせよ、本作のゲームデザインはそれほど酷評されるようなものだろうか? 当時において、新規性はなかっただろうか?

 そこで思い至ったのが、オリジナル版の評価はどうだったのかということだ。
『ミシシッピー殺人事件』は、元はアメリカのActivisionが開発した、Commodore 64、Apple Ⅱ向けのPCゲームである。
 原題を『MURDER on the MISSISSIPPI』という。

『MURDER on the MISSISSIPPI』(Activision、C64、1986年)

 たとえば『パックマン』『ドルアーガの塔』『グラディウス』といったアーケードゲームの名作を考えてみよう。あるいは『イース』『ウィザードリィ』などの国内外のPCゲームを。
 これらはファミコン版も発売され、多くのプレイヤーに楽しまれた。しかし作品の論評をするなら、ファミコン版だけを語りオリジナル版の内容やリリース当時の背景に触れないのは真摯な態度とは言えないだろう。
『ミシシッピー殺人事件』にも同じ事が言えるのではないか。オリジナル版を実際にプレイした上で、周辺情報を調査し、検討することが必要なのではないか。

 そうして私はCommodore 64版『MURDER on the MISSISSIPPI』、実機と周辺機器を入手した。海外のコンピュータ雑誌にも目を通し、紹介記事やレビュー記事の調査に当たった。
 すると少しずつ、日本国内ではあまり言及されないこの作品の評価点が見えてきた。実のところ、すでにゲームカタログ@Wikiにおいておおまかにまとめられていることではあるが、さらに深く掘り下げてみたい。
 この前編では各機種の比較をまとめた。以下、オリジナル版とは基本的にCommodore 64版のことを指す。

オリジナル版、ファミコン版、MSX2版を比較する

 単刀直入に言えば、ファミコン版は良質な移植とは言えない。
 プレイしやすさのために調整したらしい点も見受けられるが、性能の限界もあってか少なくない部分が削られ、クオリティが落ちている。
 1987年にはファミコン版を元にしたMSX2版*1が発売されている。こちらはファミコン版から、ところどころが改善されている。

①セーブ機能

 オリジナル版は5インチフロッピーディスクで提供されており、それを活かしたセーブ機能があった。

C64版 ファミコン版 MSX2版

 対してファミコン版は、ゲームオーバーになると最初からやり直すしかない。ファミコン作品のセーブ機能は、ディスクシステムでは実現していたがROMカセットではまだ、という頃だったので仕方ない面はある。
 MSX2版はセーブではないがコンティニュー機能があり、ゲームオーバー後はいったん自分の客室に戻されるが、手に入れた証拠品等はそのままで再開できる。ファミコン版もこうは出来なかったのだろうか。

②移動速度

 主人公チャールズ卿の移動速度の遅さは、ファミコン版の問題点のひとつとして挙げられている。
 ではオリジナル版はどうだろうか。デッキの端から端まで歩く動画で比較してみよう。

 マップ自体のスケール感の違いもあるが、Commodore 64版は少し速く感じられる。
 なおApple Ⅱ版では高速移動機能がある。Commodore 64版と違い、通常の移動速度がかなり遅いがために採用されている機能のようだ。

③テキスト表示

 オリジナル版はチャールズ卿、助手のリージス(オリジナル版の名前)、その他の人物と、話者ごとにテキストの色が分けられている。これにより誰が話しているのか容易に判別できる。

C64版 ファミコン版 MSX2版

 しかしファミコン版はすべて白色となっている。加えて濁点、半濁点も一文字分として表示しているので、いささか視認性が落ちている。
 MSX2版ではこの二点に加えて、行間を適切に空けるという改善がされており、読みやすさに問題はない。

④テキストの微妙な翻訳と問題あるカット

 ファミコン版の翻訳の質は、問題なく読めるものの少しぎこちない。そしてオリジナル版のテキストからかなり大胆にカットされている。
 ファミコンは子供が第一のターゲットだ。プレイのテンポを向上させるために、全体的にはむしろ良い調整と感じるが、ストーリーの把握に必要な情報もカットされている箇所がある。たとえば新聞記事の記述はこうだ。

「その ひとは コ゛ールテ゛ン て゛ある」
 オリジナル版では真犯人の秘密に関する重要な記述があるのだが、これだけではまったく意味不明だろう。
 他、エンディングもかなりあっさりしたものになってしまっている。

⑤使われていない客室への入室

 オリジナル版では、使われていない客室への入室が自由にできない。これがファミコン版との大きな違いのひとつだ。
 死体の身元が判明したあと、船員のヘンリーに付いてきてもらって鍵を開けてもらわないと入れない。使われていない客室まで勝手に歩き回られては困るというのは、むしろ当然のことではある。

死体の身元確認後、「ヘンリーにドアを開けさせましょう」と言う船長

 一度入室すると、もうヘンリーは消えてしまう。別の客室の鍵を開けたい場合、再びヘンリーに会いに行って同行を求めなければならない。
 これを煩雑だと考えたのか、ファミコン版ではヘンリーに付いてきてもらわなくても、オープニング直後から自由にすべての客室に出入りできる。
 悪くない調整だと思われるが、そのために後述の罠にかかって「死体発見前に自分が死体になってしまう」という、ゲーム進行上明らかに問題な現象が発生することになった。

⑥罠

 おそらく本作がもっとも物議を醸している、「船内なのになぜか設置されている罠」。落とし穴と一直線に飛んでくるナイフだ。これにより多くのプレイヤーがチャールズ卿を死なせてきた。オリジナル版の説明書にはこうある。

Whoever got the unfortunate victim may also be out to get you.
(不幸な犠牲者を出した何者かが、あなたをも狙っているかもしれない。)

 ゲーム中のテキストでは、誰かが仕掛けた罠というニュアンスはないが、やはりこれは犯人が仕掛けた罠らしい。真相が判明してもその方法は説明されない。
 ともあれ開発者の意図は、細かいことは気にせず「プレイを飽きさせないため」と私は理解している。*2
 オリジナル版においては、ファミコン版でカットされているもうひとつの罠がある。使用されていない客室に鍵を開けてもらって入ると、ランダムで天井の板が落下してチャールズ卿に当たり、命を奪ってしまうというものだ。

 ドアが開かれてすぐ、天井の板が落ちてくるのが見える。入ってしまえば最後、落とし穴やナイフと違い、避けようがなくゲームオーバーになる。説明書にはこうある。

playing around in locked rooms on the Delta Princess can be quite risky, as many of them are in dengerously ill repair. 
(デルタ・プリンセス号の鍵のかかった部屋を歩き回るのはとてもリスクがあります。修理中で危険な部屋が多いのです。)

 犯人の罠ではなく、修理中。頼まれたからと言ってそんな部屋を開けてはダメだろうヘンリーと言いたくなるが……。
 修理中という設定がなく、すべての部屋を最初から開けられるようにしたため、ファミコン版ではこのギミックは削除されたのだ。もし残していたら、さらに難易度が上がっていただろう。

⑦メモ機能

 ファミコン版では容疑者の発言を丸ごとメモするが、オリジナル版では発言の中から単語を選んでメモする。

 探偵がメモをするという雰囲気が失われているが、ターゲット層を考えるとそのままでは難しすぎるだろう。ファミコン版はこの点、良い調整をしたのではないだろうか。

⑧削除されたキャラクターと聞き込み画面

 ファミコン版では、オリジナル版にいたキャラクターのひとりである「ゴドウィン牧師」が削除されている。

 何を聞いても聖書の一節を引用して返事するというキャラクターなのだが、事件に関する重要な証言は何もしてくれず、丸ごと削除しても問題ないと考えられたようだ。ただしファミコン版、MSX2版のパッケージにはオリジナル版同様に登場している。ゲーム中に出てこないこの男はいったい誰だと、当時少なくない人が思ったのではないだろうか。
 これに伴い、容疑者に聞き込みする際の画面も変更が加えられている。

C64版 ファミコン版 MSX2版

 オリジナル版は被害者について聞くメニューと、その他の人物について聞くメニューが分かれている。ファミコン版、MSX2版ではゴドウィン牧師が削除されたため、被害者も同じ画面に収まることになったのだ。
 オリジナル版はその人に会うまで名前も顔も表示されないが、ファミコン版では最初から名前が表示されている。MSX2版は名前がそもそも表示されず少し不便、という細かい違いがある。一番わかりやすいのはオリジナル版だろう。

⑨ヒントを言ってくれる相棒

 オリジナル版では、リージスが何ヶ所かヒントを言ってくれる。

 1枚目は小さな弾丸がありますよと教えてくれている。実はここ、例の飛んでくるナイフの罠の部屋だが、ナイフが飛んでくるのにもかまわず上記の台詞を言う。気を取られているとゲームオーバーという細かい仕掛けだ。なお、オリジナル版のナイフ飛翔速度はファミコン版の数段速い。
 2枚目は被害者の客室のあるデッキ上での台詞。この直線上のどこかを調べれば何かが見つかるというわけだ。
 これらのヒントが残っていれば、ファミコン版ももう少しプレイしやすくなっていたのではないだろうか。

⑩時間制限

 オリジナル版には時間制限があり、ニューオーリンズに到着するまでの3日間で真犯人を突き止めなければならない。

 プレイの最中、しばらく放っておいたら1枚目の画面になっていたので、リアルタイムで時間処理をしているものと思われる。
 こうなると自分の客室に戻って休むしかない。「おやすみリージス」「おやすみなさい先生」と、ふたり仲良く眠るのだ。そして次の日へ……。


 オリジナル版からファミコン版がいかに変わったか、これでおおむね整理できたと思う。私もオリジナル版を実機プレイして、初めて知ることが多かった。
 そして感じたのは、『ミシシッピー殺人事件』はともかく『MURDER on the MISSISSIPPI』は当時としては良作の類ではないかということだ。

 後編では、オリジナル版がアメリカのユーザーにどう受け止められていたか、当時のアドベンチャーゲームの状況と資料から論考していく。

*1:発売日は不詳。「MSXマガジン」1987年12月号の広告では12月初旬発売予定とある。

*2:ファミコン版『ポートピア連続殺人事件』の地下迷路も、ストーリー上の必要性は皆無だ。なぜそんなものが作られ、大げさな仕掛けまであるのか。プレイヤーの緊張感と攻略難度を上げるためだろう。