『Law of the West 西部の掟』。
このタイトルを知っている人は相当なゲームマニアだろう。
1987年3月6日にポニーキャニオンから発売されたファミコン用コマンド選択型アドベンチャーだ。そのオリジナルは1985年にAccoladeから発売されたApple II、Commodore 64用のPCゲームで、原題は単に『Law of the West』である。
Accoladeというメーカーを知っている人はさらに海外ゲームにも通じるマニアに違いない。創立者はアラン・ミラー(Alan Miller)氏。1977年にAtariに入社し複数のゲームデザインやシステムを手がけていたが1979年に退社、志を同じくする仲間と共同で新しい会社を立ち上げた。その会社こそが、ビデオゲーム業界初のサードパーティであるActivisionだ。詳細は下記のインタビューなどで確認できる。
ミラー氏はコアメンバーのひとりとしてActivisionの成長に寄与した。しかし1984年後半、社との方針の違いにより離脱。新たにAccoladeを創立し、氏自らゲームデザインを手がけたデビュー作(そして今のところ彼の最後の作品)が『Law of the West』だった。
この作品の当時のレビューを見てみると、確かな美点はあるが無視できない欠点もあるという、新会社の第一作としてはまずまずの評価に落ち着いている。日本向け移植版もおおむね同様の評価だ。さほどヒットしたわけではなく、また『ミシシッピー殺人事件』のように悪い意味で名前が広まったわけでもない。
そんな作品を取り上げる意義は何か。そのゲームデザインに決して見逃せない新規性があり、そのうちひとつは現代のアドベンチャーゲームのヒントにもなり得ると感じているからだ。
以下『Law of the West』の注目ポイントについて論考していきたい。ゲーム中の画像はCommodore 64版を引用する。
ダイアログ型選択肢
プレイヤーキャラは西部の町に勤務するシェリフ(保安官)。ゲームがスタートすると、シェリフとの対話相手が正面に現れる。登場するのはならず者、娼婦、子供など様々だ。画面下部に彼らが発する台詞が表示され、それに対応するシェリフの台詞が4つの選択肢で表示される。1人あたり3回の台詞の応酬があり、より良い対話を作って高ポイントを目指すことがゲームの主な目的となる。
まず注目すべきは、このダイアログ型選択肢だ。今では当たり前のノベルゲームの主流システムである。
そもそも1985年時点のアドベンチャーゲームは、コマンド入力型が主流だった。日本においては1984年にコマンド選択型の『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』が登場し、のちのスタンダードを形作ったが、これはシンプルな命令形のコマンドであり、『Law of the West』のようなタイプの選択肢を採用した作品はまだほとんど見られていなかった*1。
この形式は一直線であり、プレイヤーにほとんど悩ませる余地を与えない。すなわち他のアドベンチャーゲームと比較して(メディアの読み込み時間を除けば)かなり早くゲームが終了してしまうことを意味する。
たいていの経験豊富なコンピュータープレイヤーは、数回でこのゲームのプレイバリューを使い果たしてしまうだろう。
――Ahoy! Magazine 1986年2月号
「絶対に素晴らしい」というのがこのゲームに対する私の最初の反応だったが、何度かプレイしているうちに、最初の熱意はいくらか冷めてしまった。問題なのは11のシーンしかないことで、2、3回やってしまうと、どれも退屈で非常に予測可能なものになってしまう。
――ZZap!64 Magazine 1986年4月号
この形式が当時非常に革新的であったのは間違いないが、当時のマシンやメディアのスペックではミラー氏渾身のゲームデザインを活かしきれず、このような批評があったのも無理からぬことだった。
ただ、欠点として指摘された予測可能さを少しでも軽減しようとする試みも見られる。
この2つの画像は同じシーンだが、選択肢の並び順が異なっている。プレイ毎に選択肢の配置がランダムに変わるのだ。このような工夫は近年では『ダンガンロンパ』シリーズ(スパイク・チュンソフト)などにも見られる。「最初の選択肢は上から2番目を選べばいい」といった単純な攻略が通用しなくなるわけだ。
プレイヤーの手を少し止めさせる程度の、劇的な効果はない小さな工夫かもしれない。しかし選択肢をいかに表示させるかというのは、すべてのアドベンチャーゲームクリエイターが試行錯誤することだ。これにミラー氏は自覚的だったはずである。なおファミコン版ではランダム性は削除され、選択肢の並び順は常に固定されている。
相手に発砲して対話を即終了できる
『Law of the West』最大の特徴が、ガンシューティングの側面も持つことだ。
ジョイスティック操作で画面上部に銃の照準アイコンが表示される。時折出現する犯罪者を倒してポイントを稼ぐことができるのだが、その銃は対話相手にも向けることができる。そして発砲し、射殺することができる。
登場キャラクターの一部は、選択肢次第でシェリフに殺意を抱き、狙撃しようと試みる。そのまま何もしないでいると撃たれ、医師の助けを得られなければゲームオーバーになってしまう。これに対する反撃手段としてのシステムなのだが、相手がこちらに殺意を抱いていなかろうと銃を向け、発砲できてしまうのだ。
女性でも子供でも関係ない。向こうにはこれを防ぐ手段がなく、一方的に殺すことができる。そうすると安全に次のシーンに進むことができるが、ペナルティとしてまったくポイントは得られない。
目の前にいるキャラクターとの対話こそがアドベンチャーゲームの基本だ。それを問答無用で破棄できるこのシステムは、あまりにも突拍子がないように見える。しかし近年にもこれに類似するシステムを盛り込んだ作品がある。
『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』では「呪詛行使」というボタンがある。対話の途中で選べるようになり、任意のタイミングで相手の呪殺を試みることができる。逆に殺されてしまう場合もあり、その手に汗握る駆け引きが人気の要因のひとつとなった。
『イツカノヨル』は死刑囚である竜族の少女と5日間を過ごすという短編で、プレイヤーは看守として彼女の面倒を見る役目を与えられるが、手前にある処刑ボタンをいつでも押すことができる。少女を冷徹に殺すのか、それとも心を通わせていくのか……Web上でプレイできる個人制作のフリーゲームながら数十万アクセスを誇り、人気を博している。
通常のコマンドや選択肢とは独立したシステムにより相手を排除できる。それはプレイヤーキャラの選択の代弁というよりは、ゲームプレイヤーそのものの介入という性格を色濃くする。ディスプレイのこちら側に決して乗り出してくることのない相手を、それまでの対話の流れを無視して害し、搾取する。この時プレイヤーは罪悪感と昏い快感を得ることができる……我々は根本的にゲームキャラクターの上位に位置することを確認できるものだ。
『Law of the West』はまだ洗練されているとは言いがたかったが、前例のないアイディアだったに違いない。本稿で挙げた例はすべて暴力での解決だったが、インタラクションのひとつの形として、アドベンチャーゲームのクリエイター、プレイヤーの双方ともが覚えておく価値のあるものだ。暴力に頼らないゲームの可能性もきっとあるだろう。
滑らかなアニメーションとキャラクター毎のBGM
本作のアートはパターンこそ少ないものの印象的だ。厚塗り風のタッチの背景とキャラクター、特に画面手前に表示されるシェリフの造形は見事なもので、西部劇の男が良く表現されている。
そして彼が銃を抜く際には、非常に滑らかなアニメーションを見せてくれる。
日本では同時期に『WILL −THE DEATH TRAP Ⅱ−』のアニメーションが話題になっていたが、それに匹敵する動きということがわかる。性能の都合上だろう、ファミコン版では単なる瞬間表示になってしまったのが残念なところだ。
シーン開始のキャラクター登場時に流れるBGMも耳に残りやすい。作曲者はのちに『MURDER on the MISSISSIPPI(ミシシッピー殺人事件)』のBGMも担当したエド・ボガス(Ed Bogas)氏だ。
1985年当時、アドベンチャーゲームにおいて音楽の価値は高くなかった。ゲーム音楽研究家のhally氏が指摘するように「テキストの読解に必要となる集中力を削ぎやすい」「ひとつのシーンの持続時間が長い」「ひとつのシーンの中でシチュエーションや感情が大きく動くことは少ない」といった要素がマイナスに働いていたからだ。結果、オープニング等を除けばほぼ無音で進行するゲームが多かった。
しかし『Law of the West』はダイアログ型選択肢を採用した関係で、これらのマイナス要素をクリアできた。
小曲ではあるが、ならず者にはならず者らしい曲を、女性や子供にはチャーミーな曲をそれぞれ用意した。ミラー氏は自身のゲームの特性を深く理解し、シーンというよりはキャラクターに合うサウンドをオーダーした。これは当時アドベンチャーゲームにおいてまだ一般化してはいなかった、新しい手法だったと思われる。ボガス氏は『MURDER~』においても乗客それぞれに小さなテーマ曲を書いている。
以上、『Law of the West』の先駆性と思われる点を見てきた。
幸いにしてこの作品はファミコン版ならプレミアも付いておらず、さほど苦労することなくプレイできる。深く作り込まれてはいないワンアイディアの作品と言えるだろうが、特に問答無用で相手を銃撃できるシステムはユニークだと評判が高い。機会があれば触れてみてはいかがだろうか。
【参考文献】
hally(VORC)『アドベンチャーゲームサイドVol.01 - アドベンチャーゲームの音楽史』(マイクロマガジン、2013年)
© SQUARE ENIX
© Indigo Ingots
記載されている会社名・製品名・システム名などは、各社の商標、または登録商標です。
*1:その数少ない作品として『探偵物語PARTⅠ』(CSK/フィルコム、1983年)が確認できる。これも1プレイはかなり短い。