アライコウのノベルゲーム研究所

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『あなたの命の価値リメイク』レビュー:フリーのノベルゲームの価値

『あなたの命の価値リメイク』(未来色原石、PC、2019年)

 

 本記事は2019年4月に公開していたブログ記事の、微調整の上での再掲となる。
 作者は個人サークル未来色原石の浦田一香氏。当時から現在まで、いじめや児童虐待など一貫して独自のテーマの作品を作り続けており、私が敬意を抱いているインディークリエイターのひとりだ。
 本作は彼の代表作であり、その作風の一端に触れるのに最適だと考えている。

 


 

主人公岩佐勇気(高校2年生)は親からの虐待が原因で、
児童養護施設「キズナの学園」で暮らしている。
辛い過去があったものの施設の仲間や職員、
学校の友達など優しい人たちに囲まれて
将来は幸せな家庭を築く、という夢に向かって生きている。
――これは人を愛し、自分の大切さに気付き、そして大人になる物語――

 フリーのノベルゲームの価値はどこにあるか。それはやはり、商業作品ではなかなかお目にかかれないテーマやシナリオに出会えるということだろう。本作の場合、主人公が幼い頃に実の両親から虐待を受けていたというのがそれである。
 悲惨な過去を背負った主人公、それ自体はよくある設定だ。家族と死に別れていたり、そもそも親の顔を知らない孤児だったり。しかし虐待を受けていたというのはかなり珍しい。自身の体と心に大きな傷を負う――これがあまりにも生々しくイメージできてしまうからだ。
 ノベルゲームは主人公とプレイヤーのある程度の同一化が避けられず、したがってこのようなことは商業作品では敬遠されるのだが、本作は個人制作ならではの自由さで、そして真摯に描き上げている。readmeファイルには参考書籍と資料の一覧があるが、相当な勉強と調査をされたことがわかる。

 施設暮らしの中で真人間に成長することのできた勇気は、周囲の人々と温かく交流しつつも、それぞれの悩みに触れ合っていく。しかしその人の人生を支えるというほどには、深く関わることはない。やがて彼は、人生を支えたいと思う唯一の女性・夏美と愛し合うようになり、ついに幸せな家庭を築くという夢を叶える――

やがてふたりの間には尊い命が

 タイトルにあるように、本作はリメイク作品だ。目を惹いたのは「ルート分岐とバッドエンドは廃止しました。」という一文。ノベルゲームのリメイクは、分岐数やエンディング数を増やすのなら珍しくないが、こうした例はほとんど見た記憶がない。
 このルート一本化という構造自体に、作者の強い思いが込められている。
 ノベルゲームはゲームらしさを盛り込むために、選択肢やフラグによるストーリー分岐といったシステムが当初から確立されていたが、やがてもうひとつの意義が生まれた。
 それはひとりの人間の人生を克明に描写するというもの。匿名掲示板の冗談から「CLANNADは人生」というミームが生まれているが、実際ノベルゲームの本質の一端を表していると言える。

 比較のためにマルチエンディングだったリメイク前のバージョンもプレイしたのだが、明らかに作品としてのまとまり、物語の強度が違った。リメイク前は分岐先で各キャラクターの悩みに触れ、寄り添っていくという流れだったが、分散しているために少々あっさりしている感は否めなかったのだ。
 また、バッドエンドはとても存在意義のあるものだった。しかし正ルートとの落差があまりに激しく、これを一度見てしまっては、プレイヤーはその後どうしてもバッドエンドの影がちらついてしまうだろう。

 作者はこれらの欠点を解消するために、リメイクとしては異例のルート一本化に踏み込んだのだ。各キャラクターの悩みに触れ、解決の手助けをするパートについては、多少あっさりしているとしても、すべて主人公の人生に組み込んだことで、青春の一ページとしての意義を与えている。そして正ヒロインは、勇気が生涯で唯一愛する女性は、夏美に他ならないといっそう強調している。

 人生に「もしも」があったなら……そんな想像を形にしたのがノベルゲームのマルチエンディングだが、これを廃し一本道にすることで、主人公の人生をよりダイナミックに描写することができる。
『あなたの命の価値』は、一本道にリメイクすることで、真の意味でタイトル通りのテーマを描写しきったと言える。一度世に出したものを作り直すというのは、たとえそうしたいと考えても、なかなか実行に移せることではない。しかしそれを実行したことには、深い敬意を覚える。

© 未来色原石

 


 

 浦田氏もこの作品には強い思い入れがあるようで、現在はさらにリメイクしたver2が公開されている。グラフィックをすべて作り直し、フルボイスにするという力の入れようだ。特に理由がなければこちらをプレイするのがいいだろう。

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