
発売元:アスク講談社
初出:1991年
1989年に任天堂から発売され、世界的ヒットとなった携帯型ゲーム機のゲームボーイ。このハードの初期ラインナップはいつでもどこでも手軽にプレイできるアクションゲームやシューティングゲーム、パズルゲームなどが多くを占めていたが、1991年に本格的テキストアドベンチャーゲームとして登場したのが『三毛猫ホームズの騎士道』だ。
すなわち世界初の携帯型ゲーム機向けアドベンチャーゲームでもある。

1988年、ドイツのロマンチック街道に近い古城で、この城の持ち主になったばかりの永江英哉の妻・智美が殺された。3年後、妻の死は殺人だと確信した英哉によって関係者が城に集められる。そして警視庁の片山義太郎刑事とともに、ホームズも真犯人探しのためにドイツまでやってきた……。
原作は累計発行部数日本一とも言われる小説家・赤川次郎氏の『三毛猫ホームズ』シリーズ。赤川氏は原作提供の立場として、1980年代前半からミステリーアドベンチャーゲームのラインナップ拡充に少なからず貢献していたが*1、猫が主人公というこの愛嬌あふれるミステリーシリーズは、年少者も多くプレイするゲームボーイにこの上なくふさわしかったと言える。

見どころはストーリーの取っつきやすさばかりではない。まずプロローグは智美視点でプレイするのだが、主人公以外の第三者を操作するというのはアドベンチャーゲームでは当時相当珍しい手法だった。その後の本編は、プレイヤーキャラを義太郎と妹の晴美、どちらかから選ぶ。ゲーム中にいつでも切り替えられるが、時にはどちらかでしか進行できず、変更できないこともある。こういったシステムは『ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島』などの前例があったが、最初から女性キャラを選べるというのがユニークで、小さな女子には嬉しかっただろう。
基本的な進め方はポイント&クリック形式だが、最初にカーソルでポイントを決定してからコマンドを選ぶという、一般的な方法とは逆になっている。カーソルの形が義太郎の時はY、晴美の時はHと変化するのも細かな気配りだ。

赤川氏の作風そのものが平易なことで知られているが、本作の難易度もゲームボーイ向けらしくかなり低い。詰まってしまうことはないだろう。しかしそこはプロの作り上げたストーリー。その意外な真相は、小説を読む習慣のない多くの年少者には驚きだったはずだ。
作品全体の雰囲気も良好。グラフィックは人物の描き分けが良くできており、BGMはドイツの古城が舞台らしくJ.S.バッハの曲が用いられている。ビデオゲームにクラシック音楽を流用するのはしばしば見られる手法だが、本作には必然性もあって、非常に効果的となっている。そしてホームズの鳴き声は、ゲームボーイ音源でよくここまで可愛く作ったものだと感心させられる。
長くても2時間あればクリアできるコンパクトな作品だが、携帯型ゲーム機との相性も良く、完成度は十分。ゲームボーイ全体を見渡しても良作の類だ。のちにワンダースワンでも『三毛猫ホームズ ゴーストパニック』(光文社、2001年)が発売されている。
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*1:『三毛猫ホームズの騎士道』以前では『探偵物語』(CSK、PC-8801等、1983年)、『死体置場で夕食を』(徳間書店インターメディア、PC-8801等、1989年)、『赤川次郎の幽霊列車』(キングレコード、FC、1991年)がある。