
発売元:チュンソフト
初出:1994年
ノベル・アドベンチャーゲームのファンなら誰しも、オールタイムベストの作品を心の中に持っていることだろう。
私の場合、その候補のひとつがチュンソフトのサウンドノベル第二弾『かまいたちの夜』だ。このゲームがなければおそらく、このジャンルに今日まで夢中になっていることはなかった。
片思いしている女性の真理とともに、長野へスキー旅行に出かけた主人公。ペンションで従業員たちや他の宿泊客と和やかな時間を過ごすふたりだったが、謎のメッセージが発見される。
「こんや、12じ、だれかがしぬ」
やがてひとりの宿泊客が無残な死体で発見される。雪に閉ざされた閉鎖空間の中、恐怖の夜は始まった……。


前作『弟切草』が不気味な館を舞台にしたホラー作品だったのに対し、『かまいたちの夜』はクローズドサークルの本格ミステリー作品。シナリオを担当したのはミステリー小説家の我孫子武丸氏。彼はビデオゲームの熱心なプレイヤーでもあり、『弟切草』もプレイしていた。その感想がチュンソフト中村社長の目に留まり、新作に参加することになったという経緯がある。
そんな我孫子氏の手腕は確かなものだった。『弟切草』はサウンドノベルという新たなジャンルを確立させた点で偉大だったが、最初の作品ゆえに完成度はもうひとつというところだった。しかし『かまいたちの夜』はその完成度を劇的に向上させている。
本作の根幹を成すのは、多数のバッドエンディングを含む緻密な分岐構造。随所に一発死の罠を仕掛けて緊張感を高める作りは前作にはなかったものだ。
最初にプレイするミステリー編は大きく分けて三段階になっている。犠牲者1名の第一段階。犠牲者2名の第二段階。最後の第三段階は犯人が他の全員の殺害を目論む凄惨なサバイバルホラー。
犯人指摘のタイミングが3回まで用意され、プレイヤーが推理に失敗してもストーリーが続き、さらなる悲劇が展開される――「あなたのせいで、死体がふえる」というキャッチコピーは本作の優れたゲームデザインを端的に言い表しており、またそれまでのミステリーアドベンチャーゲームにはなかったダイナミズムである。グッドエンドが見られるのは犠牲者がもっとも少ない第一段階だが、事件の完全な真相を突き止めるエンディングはその後の第二段階でなければ見られない。どちらを先に見るかは人によるが、これも次のプレイを促すための巧みな構造だ。

単色シルエットによるキャラクター演出も大きな特徴。『弟切草』には人物画像がなかったため「影を表示してはどうか」と我孫子氏がアイディアを出したところ、よく描き分けられた十数名もの登場人物(+猫)の膨大かつ微細な動きが実現した。
通常のCGでこのような描写をするのはスーパーファミコンの機能では不可能だったが、その制限の中でこれ以上ない見せ方を導き出したと言える。あまりにも効果的な手法だったため、高品質CGをほぼ制限なく使用できるようになった今日でも、シルエットによる描写がノベルゲームのキャラクター演出のひとつとして定着しているのは面白いところだ。
そして周回により解放されるサブシナリオは『弟切草』以上のバリエーションを誇る。オカルトあり、スパイアクションあり、ギャグあり、メタフィクションあり。とあるシーンで特殊な操作をすることで入れるルートは、まさにビデオゲームならではのギミックで秀逸。余談ながら、当時少年だった私も兄弟も、この仕掛けにはなかなか気づくことができなかった。
その高い完成度と千変万化のストーリーは多くのゲーマーの心を掴んだ。プレイステーション、ゲームボーイアドバンス、携帯電話など複数機種にも移植され、累計100万本を超えるベストセラーとなった。今ではノベルゲームの金字塔としての名声を確固たるものにしており、多くのフォロワーを生みだした。
2002年には続編の『かまいたちの夜2 監獄島のわらべ唄』が、2006年には『かまいたちの夜×3 三日月島事件の真相』が発売されているが、この初代ほどの評判とはなっていない。決して悪くはない作品なのだが、初代があまりに偉大すぎるのだ。
30周年となる2024年には、シリーズ3作目をHDリマスターした『かまいたちの夜×3』が発売された。初代のメインストーリーが収録されており、現在もっともプレイしやすくなっている。しかしすべて収録されたオリジナル版が何らかの形で復刻されれば……そう願っているファンは少なくないだろう。
【参考文献】
『かまいたちの夜 公式ファンブック』(チュンソフト、1995年)
© SPIKE CHUNSOFT CO., LTD.