
※画像はSS版(アクレイム)
発売元:三栄書房*1、アクレイム
初出:1995年
1990年代中盤から後半にかけて、飯野賢治という男は異様な輝きを放っていた。
ゲーム好きではあるけれどゲームクリエイターそれ自体には特別関心もなかった少年時代の私でさえ、その名前をしょっちゅう目にしていた。また存在感ある風貌も相まって否応なく脳裏に焼き付けていた。
ゲームクリエイターの代表的存在としてマスコミに盛んに露出し、時代の寵児ともてはやされ、何やら毀誉褒貶もあるらしい飯野氏――彼の作るゲームは実際面白いのか? あいにく当時プレイすることのなかった私は知らなかった(基本的に任天堂ゲーム機のユーザーだった)。やがて彼が若くして世を去った後も、なんとなくの評判を見聞きするだけの状態がつい数年前まで続いていた。
彼の出世作『Dの食卓』を初めてプレイしたのは本記事公開の直前、2025年3月である。その真価と飯野氏の強烈な作家性を、あまりに遅く目の当たりにしたのだ。


1997年、アメリカ・ロサンゼルスの総合病院内で大量殺人事件が発生した。犯人は院長のリクター・ハリス。彼は突如豹変し、患者やスタッフを次々に殺害して他の生き残りを人質に取った。警察も手が出せない中、リクターの娘であるローラ・ハリスは要請に応じてひとり病院に乗り込む。ところが廊下を進む中、ローラは古城めいた異世界、リクターの精神世界に引きずり込まれてしまう……。
プレイヤーは一人称視点でローラを操作し(イベントシーンでは三人称)、数々の罠とパズルが仕掛けられた異世界を探索しながら、変貌した父の謎を突き止めていく。その形式自体は黎明期から連綿と続く脱出アドベンチャーの系譜にあるが、本作の衝撃は何よりも新時代を感じさせるグラフィックにあった。
アドベンチャーゲームにおける擬似的な3D空間の探索は世界初のグラフィック付き作品『Mystery House』から始まり、本邦でもファミコン版『ポートピア連続殺人事件』をはじめ多くの作品に採用されてきた。やがてマシン性能の向上に伴い本格的な3D空間の探索を可能とする作品が登場した。フランスの元祖サバイバルホラー『Alone in the Dark』(Infogrames、PC、1992年)や、日本の『夢見館の物語』(セガ、MCD、1993年)などだ*2。
そこへ登場したのが、当時次世代機と呼ばれた32bitゲーム機。『Dの食卓』はその高性能を、3Dアドベンチャーゲームとしてはいち早く遺憾なく発揮した作品だった*3。
付けられたジャンル名はインタラクティヴ・シネマ。映画的演出を志向したアドベンチャーゲームはそれまでにも『ジーザス』『スナッチャー』などがあったが、かつてなく映画そのものに近づけようとしたのだ。

映画の良さとは閉鎖空間で何にも邪魔されず一定時間の没入を約束されることだが、『Dの食卓』はその特性を取り入れんとした。画面を暗くしてプレイしてほしいとマニュアルに記載し、セーブ&ロード機能は物語性を損なうとして排除した。きわめつけはプレイ時間を2時間と定めたこと(言うまでもなく映画の一般的なボリュームだ)。2時間を過ぎると異世界は閉ざされてゲームオーバーになる。ポーズ機能もない。この時間制限はプレイヤーに否応なく緊張感をもたらし、私も初プレイ時は少なからず焦った。
この作品をどう体験してもらいたいか――ゲームクリエイターならば常々考えることだが、飯野氏はある程度プレイヤーを束縛をしてでも己の理想とする最高のゲーム体験を味わわせたいと考えた。


探索の中でローラは父からの度重なる警告を受け取り、失われた記憶の断片を手にする。ゲームの真の目的は異世界の脱出ではなく、ローラの記憶を明かすことにある。
父の作り上げた異世界を進むということは、父の心の中に入り込むということ。その最奥で判明する母の運命――従来のゲーム機では為し得ない芸術を飯野氏は目指した。
父親とギリギリまで対峙することによって最終的に母親を理解するという、そういうね、ゲームをプレイするということ自体が比喩になっているゲームって、すばらしい芸術だと自分で思うわけ。
――『ゲーム Super 27 years Life』P232
謎解きの難易度自体は意外にも低い。ヒントは捻っていないし、直前に入手したアイテムを使えば次に進める、の繰り返しだ。2枚組CDを使用しながら、早ければ初回に制限時間の2時間以内でクリアできる。易しすぎる、ボリューム不足と指摘されたのも無理からぬことだろう。
しかしまださほど普及していなかった次世代機向けの、新興会社のデビュー作としては出色の完成度だった。それは全世界累計100万本という売上に表れている。アドベンチャーというジャンルさえも超えて、ゲーム史に多大なインパクトを残したタイトルとして評価されるものだ。
【参考文献】
『ゲーム Super 27 years Life』(星海社、2014年。底本は講談社、1997年)
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