アライコウのノベルゲーム研究所

ゲームライター・アライコウのノベルゲーム研究に関するブログです。

国産ノベル・アドベンチャーゲーム200選 第47回『街 〜運命の交差点〜』

『サウンドノベル 街 -machi-』*1(チュンソフト、SS、1998年)

発売元:チュンソフト
初出:1998年

 群像劇というジャンルがある。個ではなく群、複数の主人公(一般的には3人以上)が共通ではなく別々のストーリーを展開させていく物語のことだ。
 そのような構造のノベルゲームは必然的にボリュームが要求され、32bitゲーム機時代に入るまではほぼなかったと言っていい。企画性やシナリオライターの手腕も当然要求されるが、これを最初に成功させたのはチュンソフトのサウンドノベル第3弾『街 〜運命の交差点〜』に間違いないだろう。

主人公選択画面

 渋谷爆破の予告を目にした少年係のオタク刑事。
 強盗容疑のヤクザと間違われ組と警察の両方から追われる大根役者。
 その大根役者と入れ替わることになった元ヤクザ。
 恋人のために必死のダイエットを始めるフリーターの女性。
 謎の組織「七曜会」と関わることになった男子学生。
 久しぶりに日本に戻ってきたフランス外人部隊。
 眠っているうちに作品が出来上がるという異常体験をするテレビプロットライター。
 一晩だけ関係を持った女性から「赤ちゃんができた」と告げられた学園アイドル。

 縁もゆかりもない男女8名が雑多な街・渋谷で時としてすれ違い、知らず知らずのうちに微細な影響を与えながら、各自の物語を進行させていく。
 マニュアルでも一番手に紹介され、メイン級の扱いをされているのは渋谷爆破予告の犯人を追うオタク刑事・雨宮桂馬のシナリオ。最終盤に真犯人の名前入力を求められるなど、『かまいたちの夜』を踏襲した迫真のサスペンスで、前作からのファンも満足いく出来映えだろう。
 一方でコミカル調のストーリーもあり、唐突に天使が現れて天に召されたり、流れ星に激突したり、くだらない理由で地球滅亡を迎えたりと、ナンセンスなバッドエンドも少なくない。こちらは『かまいたちの夜2 監獄島のわらべ唄』の作風を一部先取りしていたとも言える。

ZAP(ザッピングシステム)画面

 この群像劇をノベルゲームに落とし込むに当たって導入されたシステムが2つある。
 ひとつはマルチフラグメント。それ以前にAが取った行動によって、Bが行き詰まってバッドエンドになった。そこでAの行動を変化させてBへの影響をなくせばバッドエンドを回避できる、という具合だ。
 もうひとつはザッピングシステム(本作での公式名称はZAP)。ザッピングシステム自体はこれ以前にも『探偵 神宮寺三郎』シリーズや『EVE burst error』などが採用していたが、メッセージ中の色が変化している語句を任意に選択して他の主人公に切り替える、というのが『街』の画期的なところ。区切りのいいところまで進めないと切り替えられない、ロード画面に遷移しなければならない……そういったことなくストーリー進行中にシームレスに別の主人公を選べる、群像劇に最適なゲームデザインとなっている。

TIP画面

 もうひとつ本作がノベルゲーム界に広めたシステムがTIPS機能(本作での公式名称はTIP)。ZAP同様に色の変化している語句を選択すると、その語句の補足や詳細な解説がなされる。言わば書籍における脚注だ。
 シナリオは『弟切草』も手がけた長坂秀佳氏とそのスタッフが担当しており、テレビドラマ業界の専門用語等もふんだんに盛り込まれている。聞き慣れない語句を長々と説明されるとプレイのテンポを崩してしまうのがノベルゲームの弱点だが、TIPはそれを容易に解決する発明だったのだ。ストーリー本文からは独立していることを活かして小ネタやおふざけを盛り込めるメリットもあり、『街』はそれを早くもやってのけている。

 マルチフラグメントとZAPは、従来とは一味違うパズル要素をノベルゲームに加えることに寄与した。TIPはノベルゲームのテキストの可能性そのものを拡張した。しかしもっとも評価されるべきは、当時フルポリゴンがもてはやされる中、膨大な実写を用いてまとめあげたことかもしれない。
 ノベルゲームにおいてたいていのモブは描写されない運命にあるが、『街』では脇役も含めて100人近い人物がはっきりした姿で登場する。これほどの規模のノベルゲームは前代未聞だった。そして実写だからこそ可能な、細かく生き生きとした人間の表情、演技が、各シーンに強い印象を与えることに成功している。

 残念ながら売上面では『かまいたちの夜』ほどには振るわなかった。しかし記録よりも記憶に残る、実写ノベルゲームの偉大な指標だ。これがのちの『428 〜封鎖された渋谷で〜』にも繋がったのである。

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*1:初出のセガサターン版のタイトル。PlayStation移植版から『街 〜運命の交差点〜』が採用され、現在は通常こちらのタイトルが扱われる。