
本記事は2013年9月に公開していたブログ記事の、微調整の上での再掲となる。
フリーの恋愛ノベルゲームの古典的名作として知られる本作。
関西出身者であれば、さらに胸に迫る作品ではないかと思う。
起動すると、真っ黒な画面に普通のフォントで作った白一色のロゴ。そして「始めから」「続きから」のボタン。本作のタイトル画面はたったそれだけだ。作者はおそらくゲーム本編を作るので精いっぱいだったのだろう。しかしそこでプレイを躊躇するというのは、あまりにもったいない。まず書き出しが素晴らしいのだ。ちょっと引用してみよう。
程度の差はあるだろう
それでも
「嫌い」になるのと同じぐらい
「好き」になるのは難しい
「好き」から「嫌い」になるのが滅多にないように
「嫌い」から「好き」になるのも稀だろう
でも、好きになる「きっかけ」はそこら中に落ちている
目に見えない形かもしれない
あるいは目に見えるものかもしれない、
誰かがもっているかもしれないし
案外……それは声をかけてやってくるかもしれない
関西弁が嫌いなサラリーマンの主人公は神戸本社に栄転することになった。そんな彼が転勤初日、港でひとりの少女と出会う――という、典型的な「偶然出会った男女ふたりの恋愛物語」だ。萌えという言葉(今となってはこれも使い古されすぎた)がまだ一般的でなかった時代の作品なので、普通のギャルゲーに慣れている人には新鮮かもしれない。実際、どこかの小説誌に載っていてもおかしくないストーリーだ。

主人公以外はほぼ全編通して関西弁というのが、現在に至るも類似作品があまり見られないユニークポイントである*1。会社の同僚たちは皆、とびきり明るくていい人たち。そんな彼らの関西弁を、態度には出さないものの内心では疎ましがる主人公。だが言語というコントロールしようのない問題は、少女との触れ合いの中でやがて解決されていく……。
ネタバレしてしまってもいいだろう。主人公の関西弁嫌いは、エンディングで治る。人と人との結びつきが、どうにもならないと思っていた問題を解決するというのは、もっとも基本にして美しいプロットだ。

さて本作には、神戸にまつわるある歴史的な出来事が盛り込まれている。普通の恋愛ものかと思ってプレイしていると、とても真摯に表現されたエンディングに感動することは間違いない。選択肢が少し難しいが、それを乗り越えたときの達成感は確かに感じられるはずだ。プレイ時間も1時間ほどで短くまとめられているのは見事。
今では古典的名作との評価を不動のものにしている。フリーノベルゲームにおいては、たとえ絵が拙くとも規模が小さくても、シナリオが良ければいいのだということをこの作品は証明していた。これまた制作者にとっていい手本となるだろう。
© JAM project
本作の公式サイトはすでにないが、ゲームファイルは今もベクターでダウンロード可能で、Windows 11での起動も確認している。