
本記事は2013年10月に公開していたブログ記事の、微調整の上での再掲となる。
当時まだ珍しかった、プロのクリエイターによるフリーノベルゲームだが、ゲームならではの仕掛けが見どころだった。
『忘れものと落とし物』は2005年の公開だが、1997年にウェブ上で発表されていた、HTMLを利用したアドベンチャーゲームの大幅な改訂および修正が施されたリメイクだ。そのウェブ版は実際の日付、時刻と連動して新しいストーリーがウェブ上に公開されていく……というシステムだったようで、インターネットがようやく市民権を得ようとしていた黎明期において、そのような意欲的な作品を作っていたことに驚く。
作者の深沢豊氏はプロのゲームクリエイターで、アダルトゲーム『書淫、或いは失われた夢の物語』(Force、2000年)やPSP用ソフト『セカンドノベル ~彼女の夏、15分の記憶~』(日本一ソフトウェア、2010年)のシナリオライターとしてコアなファンを持っている。あいにく私はプレイしたことがなかったし、氏のこともまったく知らなかった。だから最初は他のフリーノベルゲームと同じように、ただ軽い気持ちでプレイした。そしてプレイし終えて「こんな良作を見落としていたとは!」と衝撃を受けたことをよく覚えている。

主人公はいたって普通で、恋心多き少年。彼はゲームセンターでよく見かける少女に惹かれるようになり、それからも常に彼女のことが頭にある。と、外見はとてもシンプルな恋愛ストーリーとなっている。目を見張ったのが、若者の繊細さを滲ませた文体。さすがにプロの力量である。そして日記の日付やシャープペンシルをクリックすると話が進むというシステムがクール(深沢氏はプログラマーでもある!)。ただのノベルゲームとは一線を画す味があるのだ。
外見はとてもシンプルな恋愛ストーリーと書いたが、読み進めるとかなり複雑な構成となっていることに、プレイヤーは困惑するだろう。しかしすぐに目が離せなくなるだろう。何を書いてもネタバレになってしまうので、詳細は書けない。ただ、少年の脆い内面を徹底的に深く展開した、悲しくしんみりとさせられる物語であるとだけお伝えすることにする。

電子紙芝居と揶揄されることもあるノベルゲームだが、『忘れものと落とし物』は良質なストーリーと斬新なシステムが素晴らしく融合した作品だった。日記もただのシステム上のインターフェースではなく、れっきとした重要アイテム。中盤のとあるシーンから、ページをめくるという作業が非常に胸に来てしまう。何よりラストシーンに、小説では決してできない、ノベルゲームならではの仕掛けがある。まだまだノベルゲームには工夫の余地があるのだと驚かされたものだ。
なお本作はフリーでプレイできるが、「お金を出すほどの価値を見出せたなら購入してほしい」という、いわゆるカンパウェアの体裁を取っている。完全な有料販売だったとしても文句はない面白さだったので、課金したい人はどうぞ。ちなみに18禁となってはいるが、それが主体ではないうえに描写もきわめて少なくあっさりなので、そうした描写が苦手な人も大丈夫だろう。
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本作はWindows 11での動作を確認済み。プレイにあたって、ひとつアドバイスがある。インストール時に「利用者名」の入力欄があるのだが、この項目は真面目に入力することだ。