
本記事は2013年9月に公開していたブログ記事の、微調整の上での再掲となる。
残念ながら完結しなかった中にも、優れた作品はある。
それを伝えることも、フリーゲーム文化において大事だと思う次第だ。
フリーゲームのフリーには、2つの意味があると私は思う。1つめは一般的に捉えられる無料という意味。そして2つめは、どう作ろうが作者の自由という意味だ。プレイヤーの声を気にすることはない、作りたいときに気ままに作る。
それはまったく正しいが、ゆえに作者の都合で完結しないままになり、作者自身もネットから姿を消してしまったという例も多い。『天雨月都』もそうした惜しい作品のひとつである。


日本において強大な権力を持ち主人公自身もその姓を冠する「小日向家」の後継者争いが、基本となる筋書き。平和な話し合いで解決するはずもなく、主人公は凄絶な殺し合いに身を投じざるを得なくなる。しかし主人公の側には常にヒロインがいて、協力し合いながら互いに恋愛感情を芽生えさせるという、お約束でありながら嬉しい構成。
ヒロインたちはいずれも桁外れのスキルを持つ異能戦士だが、根底は普通の、悩み多き恋する少女。彼女たちの健気なキャラクターは本作の最大の美点だ。
平凡と思われていた主人公が異能力を持つヒロインと出会い人外の戦いに巻き込まれ、その過程で自らも秘めた能力を開花させていく――ゼロ年代のノベルゲームはプロアマ問わずこの手の伝奇系、バトル系作品が多く現れ、トレンドのひとつとなっていた。
そうした普遍的な、悪く言えば手垢のついたストーリーをいかに面白く見せるかで作者の実力が試されるのだが、本作は間違いなく成功している。

もうひとつの魅力として、リーダビリティの高いテキストがある。やはりプロアマ問わず、このジャンルのノベルゲームには気取った言い回し、 難解な語句の頻出するものがしばしば見られた。しかしそれは多くの場合、作品を盛り上げるほどの成功に至ってはいなかった。
本作のテキストは必要以上に飾らず、とても丁寧に仕上がっている。日常会話や時折見えるユーモアもセンスがいい。派手さや豪華さはないが堅実で、安心感がある。作り手にとって手本となる部分は多い。
2つのルートのみ収録、という形で更新は途絶えた。最後まで完成していればフリーノベルゲーム随一の評価を得ていただろう。未完のままでも十分面白いというのがまた切ない。続きを作ってほしいとは言わないから、せめて作者の消息だけでも知りたいものである。
© project天月
ひとつ知っていただきたいエピソードがある。本作の作者は2005年、フィーチャーフォン(ガラケー)のノベルゲーム『暖かな冬の日に』のシナリオを手がけていた。オリジナルの携帯電話向けノベルゲームの、初期の例として記録されるものだ。
この作品の発売元はテンクロス。現在私がシナリオ担当として参加しているDMM GAMES『アートワール 魔法学園の乙女たち』のパブリッシャーだが、彼らのアマチュア時代のデビュー作ということになる。