アライコウのノベルゲーム研究所

ゲームライター・アライコウのノベルゲーム研究に関するブログです。

『ひとかた』レビュー:フリー伝奇ノベルの金字塔

『ひとかた』(お竜、PC、2001年)
※画像は2003年のMP3版

 

 本記事は2000年代に公開していた自サイト記事の、微調整の上での再掲となる。
 2000年代初期を代表するループ系フリー伝奇ノベル。
 シナリオだけでなく楽曲も非常に良質なことで知られている。

 


 

 全ジャンルを総合してフリーノベルゲームの金字塔と呼べるほどの作品は非常に限られるが、『ひとかた』はその数少ないうちのひとつ。決して私見ではなく、少なくないフリーノベルゲームファンがそう考えているはずだ。2001年の初版は18禁で音がなかったが、ほどなくMIDI版が、さらに2003年に諸々が調整された全年齢対象のMP3版が公開されており、本稿はこのMP3版に基づいて述べる。

強大な魔物・牛鬼が潜む町を訪れた主人公

 牛鬼という魔物の伝説がある田舎町・打追。親戚の依頼で牛鬼討伐にやってきた南護(みなみ・まもる)を、壮絶な戦いと運命が待ち受けていた――という、一本道でプレイ時間約10時間の長編伝奇。2001年の当時において、おそらくもっともシナリオ量の多いフリーノベルゲームのひとつだっただろう。これを書き上げたというだけでも称賛されるべきことだ。

 護は突如力に目覚めたというのではなく最初から人並み外れた力を持っており、ヘタレでないのが好印象だ。そして個性豊かな複数のヒロインが存在し、恋愛の要素も少なからずある(最初から親密なので恋愛の過程はほとんど楽しめないが)。グラフィックは背景以外に存在しないが、想像力を掻き立て、かつリーダビリティの高いテキストによってスムーズに読めていく。

死んだはずの主人公だったが……?

 中盤からが圧倒的に面白くなる。護は不思議な力によって敵に殺される直前に過去に戻るのだ。当然彼は、悲劇を回避するべく行動していくのだが……。同じ文章を繰り返し読まなければならない部分もあるが、既読スキップしてしまうことも可能。とにかく先が気になる巧みな構成だ。当時、寝る間も惜しんでプレイした人が続出したというが、決して大げさなことではないと実際にプレイすればわかるだろう。

 やがて護に秘められた悲しい運命が明らかになるのだが、悲劇とわかっていても前へと進む彼には、並の人間では持ちえない魂の強さがある。この一連の描写がただただ圧巻。そうして迎えたエンディングの後には、めったに味わえない美しい余韻に浸れるだろう。各シーンを彩ってくれるBGMの力も大きい*1。まさに捨て曲なし、すべてが名曲という奇跡がそこにある。私が一番好きなのは「美咲のテーマ」だ。

 フリー伝奇ノベルの、加えてループものの金字塔と呼べる傑作で、商業から声がかかったのも当然だろう。キャラグラフィックのついた携帯・スマホアプリとしてテンクロスからリメイクされたことが当時話題となった。

© お竜

 


 

 テンクロスのリメイク版は残念ながら現在は配信終了しているが、オリジナルのPC版は現在も公開中だ。

www.vector.co.jp

*1:ラインナップの大半を占める太田慎一氏の許可を得た楽曲集がニコニコ動画で公開されている。『ひとかた』のための書き下ろしではなくオリジナル曲を転用したということだ。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm15171530