発売元:アスキー
初出:1999年
テキスト主体のノベル・アドベンチャーゲームは、どうしても画一的な面がある。たとえばメッセージウィンドウの位置だ。画面下に固定サイズのウィンドウを表示し、その枠内に収まるようにメッセージを表示していかなくてはならない。現在でも大半の作品がそうなっているだろう。そもそも凝ったデザインにする必要性があまりないのがこのジャンルの特性で、その分ストーリーやキャラクターに力を入れて勝負することができる――そう考えられていた。
そこへフレキシブル、スタイリッシュという概念を持ち込んだ『シルバー事件』は、まさにこのジャンルにおけるひとつの事件だったかもしれない。
社会主義国家カントウの新興都市「24区」において、かつて発生した伝説的な事件「シルバー事件」。その犯人であるウエハラカムイが収容中の病院から脱走した。カムイ捕獲のために出動した特殊部隊だったが、主人公を残して全滅する。その後主人公は24署の凶悪犯罪課に配属され数々の事件を目の当たりにする……。このメインパート「Transmitter」と、ウエハラカムイについて調査するよう依頼されたフリーライター・モリシマトキオの視点で進む「Placebo」を交互にプレイしていく(Transmitterのみのプレイでもクリアできるが、物語の全容を把握するために両方のプレイが推奨されている)。
プレイヤーはオープニングから、この作品は従来のアドベンチャーゲームとは何かが違うと直感するだろう。画面を構成するのは画一的ではなく自在に組み合わされる複数のウィンドウ――フィルム・ウィンドウと名付けられた独自システムだ。テキストと各種グラフィックのウィンドウがサイズも位置も状況によって変化して、非常にスタイリッシュ。これはコミックの手法に近く、今も昔も一般的ではない。アドベンチャーゲームは大きな売上が見込めるジャンルではなく、それほどのコストをかけるのは普通は避けられるからだ。
開発を手がけたのは元ヒューマンのゲームデザイナー・須田剛一氏が設立したグラスホッパー・マニファクチュア。同社のデビュー作となった本作について、須田氏は次のように語っている。
ゲームという媒体そのものにクエスチョンマークがいっぱいあるんですよ。オリジナルのゲームを作るのであれば、その溜まりに溜まったクエスチョンマークを、取り除いていきながらやりたいと思っていたんですよ。だから、移動方法、ウィンドウの出し方、絵の見せ方、全部を誰も考えつかなかったことで埋め尽くしたかったんです。
――「『ファイプロスペシャル』『シルバー事件』を創った男」『CONTINUE Vol.9』P131
ストーリーもそれまでの多くのミステリー・サスペンス作品とは軸足を異にしている。収入格差以上に情報格差のため確執と対立が生まれている、歪な自治体の中で増加する凶悪犯罪。その因子はウイルスのようにマスコミを媒介に伝染するなどのSF的設定も織り交ぜた、独特の社会派クライムノベルを作り上げている。発売当時はインターネット普及期であり、情報格差だけでなくネット犯罪がすでに社会問題化の兆しを見せていた。それらを採り入れた形の、先進性ある作風だった。
一方で3D画面での捜査は総当たりが基本で、特に終盤のとあるシーンでは相当に難儀な探索を強いられる。外面は当時最先端のセンスだが、自分の足で一歩一歩真相に近づかなければならない刑事ものらしさ、その面倒さは排除しなかったのだ。そこに須田氏の振るう奇妙に勢いのある会話テキストが加わり、すべてをひっくるめて24区の歪さと未成熟さを反映した作品世界を作り上げている。
全編を通じてキーパーソンでありながら全容の掴めないウエハラカムイ。彼の鏡のように素性の知れない主人公。そして詳細が語られずその名前ばかりが存在感を放つシルバー事件。時にもどかしくも吸引力に満ちた、不思議なプレイフィールをもたらしてくれる。情報の出し方という、従来のアドベンチャーゲームではあまり重視されていなかった要素が、その独創的なゲームデザインにより引き立っているのだ。
今日では世界的に評価されるグラスホッパー・マニファクチュアだが、本作は長らく国内プレイヤーにしか届いていなかった。しかし2016年に英語対応したHDリマスター版が発売され、海外の須田剛一ファンにも知られるようになった。さらに2018年には、本作と携帯アプリのみで配信されていた続編『シルバー事件25区』(2005年初出)をまとめて収録した『シルバー2425』が、コンソール機向けに発売された。入手は容易なので、作家性強めのアドベンチャーゲームを求めている人におすすめだ。
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【参考文献】
『CONTINUE Vol.9』(太田出版、2003年)
