アライコウのノベルゲーム研究所

ゲームライター・アライコウのノベルゲーム研究に関するブログです。

国産ノベル・アドベンチャーゲーム200選 第66回『薄桜鬼』シリーズ

薄桜鬼』(アイディアファクトリー、PS2、2008年)

発売元:アイディアファクトリー
初出:2008年

 新選組。幕末の京都において尊王攘夷派と死闘を繰り広げた人斬り集団。
 最終的には新政府軍の前に壊滅し、時代の徒花となった彼らの信念と愚かしくも儚い生き様は、小説、映画、テレビドラマ等で数え切れないほど描かれてきた。ビデオゲームにも数多く取り上げられてきたが、女性ゲーマーたちにもっとも膾炙せしめたのは『薄桜鬼』シリーズをおいて他にないだろう。

新選組の隊士たち

 連絡の付かなくなった蘭方医の父を探すために京都を訪れた主人公の雪村千鶴。その夜千鶴は、浅葱色の隊服の剣士たち――新選組と人ではない何かとの殺し合いを目撃してしまう。見てはならないものを見てしまった千鶴は新選組の屯所へと連行されるが、彼らもまた千鶴の父の行方を追っていることが判明し……。

 時代は違えど本作も『緋色の欠片』同様に伝奇要素を採り入れており、強力だが吸血衝動を持つ紛い物の鬼――羅刹がストーリーの核となる。史実において新選組は組織管理体制にいくつもの問題を抱えていたことが知られており、戦力にも事欠いていた。それを解決するために人の道を外れる薬に手を出していたというプロットは、新選組が元より内包していた危うさと絶妙に融合しており非常にスリリングだ。

羅刹化した隊士に襲われる千鶴

 千鶴はそんな危うい隊士たちと共同生活を送り、戦いを切り抜けながら、やがて想い合う仲になる。ここで『緋色の欠片』よりも描写を一歩踏み込んでくる。羅刹となった彼らの吸血衝動を抑えるために、千鶴は自らの血を差し出すのだ。
 フィクションにおける吸血行為は性行為のメタファーであるとしばしば言及される。そこまであからさまではないが、大の男が必死に少女の血にすがり啜ろうとする姿には、隠しようもない色気とエロスが漂う。家庭用向けの乙女ゲームとしてはかなりギリギリを攻めていた。基本的に守られるばかりだった千鶴が、男の弱さを見せる隊士たちをこの時はリードする。その逆転の構図は庇護欲を掻き立てるのに十分であり、乙女ゲームの真髄がここにある。

 このように新選組隊士の独自の姿と恋を描いた『薄桜鬼』シリーズは、2016年にはシリーズ累計100万本を突破するなど女性向けとしては破格の売上を記録している*1。その商品展開も多岐にわたり、ミニゲーム集はまだしもバトルアクションゲームを出すなど、他の女性向けゲームにはそう見られないだろうユニークさがあった。

薄桜鬼 黎明録』(アイディアファクトリー、PS2、2010年)

 中でも特異なのが本編の前日譚である『薄桜鬼 黎明録』で、主人公が男性なのだ。恋愛ものではなくなっており、純然たる歴史アドベンチャーゲームとなっている。プレイヤーが求めるものは何よりも新選組メンバーの生き生きとした姿だ。将来彼らは千鶴と結ばれることが確定しており、別の女性を配置することはできないという事情はあったにせよ、主人公の性別はもはや大した問題ではないという判断は見事というほかない。
 ひとりの青年の目から改めて描かれる隊士たち――その中に近藤勇と共に局長を務めた芹沢鴨がいる。内部抗争の果てに粛清されたと伝わる彼のルートも隠し要素として存在するのだが、他のルートでは暴君としか映らなかった芹沢の思わぬ一面を見ることができる。そしてこれがあってこそ『薄桜鬼』の物語は真の完成を見る、と思えるほどの結末が用意されており、本編しかプレイしていなかったという人はぜひとも手を伸ばしてほしい。

『緋色の欠片』がオトメイトの屋台骨を作ったなら、『薄桜鬼』はそれをさらに充実させた――そんな評価に留まらない、女性向けという枠さえも超えたアドベンチャーゲームの大ヒット作。現在は多数の追加要素があるリメイク版『薄桜鬼 真改』シリーズが現行機でプレイでき、新作スピンオフ作品も開発中。今後もしばらくはファンを飽きさせないだろう。

© IDEA FACTORY / DESIGN FACTORY

薄桜鬼 真改 風華伝 for Nintendo Switch

薄桜鬼 真改 風華伝 for Nintendo Switch

  • アイディアファクトリー
Amazon

*1:「薄桜鬼」シリーズ累計出荷100万本突破!
https://www.ideaf.co.jp/news/?num=20161007