本記事は2000年代に公開していた自サイト記事の、微調整の上での再掲となる。
鴉が主人公の、自由をテーマにした一風変わった作品。
スタッカート・シナリオと称されたエピソードの連なりを堪能してほしい。
夏目漱石の『吾輩は猫である』に代表される、人間以外の存在が人間社会を観察する物語は、視点の性質の違いにより自然と他とは一味違う読後感を提供してくれるものだ。『鴉の断音符』は一言で言えばそのような作品となっている。
主人公ははぐれ鴉の「ヤタ」。遺伝研究の場から脱走した、人間並みに賢い鴉という設定。人間に強く興味を惹かれる彼はある日、殺人現場を目撃する。それからその殺人事件を中心に人間社会を眺めていく。
このヤタというキャラクターはとてもダンディだ。殺人事件の被害者の死体を見て「人肉は美味いか否か」と真面目に考える場面にはしびれた。文章全体にも一貫したクールさが現れていて、無駄なく滞りなく読ませてくれる。
ヤタの中には研究所で飼われていた頃に生まれた、人間に近いもうひとつの心がある。それはすなわちプレイヤーであり、ヤタは「相棒よ、行き先を示せ。自分はそれに従う」と画面のこちら側に語りかけてくる。これは人間主人公ではなかなか難しい手法だろう。
そうしてヤタは1日の初めに行き先を選択することで様々な人間たちを観察していく。一応のメインとなるのは殺人事件だが、これをまったく無視して行動することもできる。
普通のミステリーでこんなことをすると筋がぶれることになってしまうが、もともと本作のテーマは「自由」。スタッカート・シナリオと名づけられた小エピソードの連なりは、ヤタとプレイヤーのこの上ない「自由」を形作っている。この主人公とプレイヤーの見事なリンクがあるからこそ、どんなエンディングに辿り着こうとも不自然さはない。一部ギャグエンディングもあるが、これも作風を壊すには至らない。
エンディング数が多く、しかもなかなか難易度が高くコンプリートには苦労する。簡単なノベルゲームに飽きている人にもおすすめだ。
© 飼育小屋製作委員会
作者サイトは消失しているが、『鴉の断音符』は現在もふりーむでダウンロードが可能。
特定の目的のないシナリオ――ノベルゲームの多様性が広がっているこの2020年代、本作の手法は見直されてよいと考えている。