先日、嬉しいニュースが舞い込んだ。
傑作ホラーアドベンチャーが
— D3PUBLISHER (@D3_PUBLISHER) May 28, 2026
Nintendo Switch™で復活!
『学校であった怖い話』
『晦-つきこもり』
2026年9月10日発売決定https://t.co/MSm4qxf9gm
飯島多紀哉氏書き下ろし小説と
サントラCDがついた限定版も同時発売!
本日より予約開始🎮#学怖晦 pic.twitter.com/ni6ptUOL3s
スーパーファミコンで発売された『学校であった怖い話』と、その後継作に当たる『晦 -つきこもり』のNintendo Switchへの移植。
当時の開発元は飯島健男(現・飯島多紀哉)氏率いるパンドラボックス。発売元はバンプレストだったが、今回の移植版はSIMPLEシリーズ等で知られるディースリー・パブリッシャーとなる。
この2作品はかつてWii/Wii Uのバーチャルコンソールでダウンロード販売されていたが、2023年3月28日にサービス終了しており、新規購入は不可能になっていた。現行機であるNintendo Switchへの移植はまさにノベルゲームユーザーの待望だった。また、サントラCDは双方とも初の商品化となる*1。
このニュースが報じられてから、Xでも多くのゲームファンが盛り上がりを見せていたのだが、中にはこのような意見も見られた。
「学校であった怖い話」はその分岐量(選択によってはバトルロワイヤルもの、或いはSFホラーにまで話が変貌)と、予算不足で社員を登用したため到底高校生に見えぬ登場人物への畏怖等でプレイヤーを震撼せしめた90sゲームだが、Jホラーの文脈において語られることが少なすぎる。今こそ再評価されるべき。
— えだ (@Sanshi1989) May 27, 2026
その視点は私も持っていなかったと感じたので、少し考えてみたい。
先日、『リング』シリーズなどを代表作に持ち、Jホラーブームの立役者として知られる作家・鈴木光司氏の訃報があった。この流れでJホラーを改めて語ろうという機運も高まっているが、そもそもJホラーとはなんだろうか。鈴木潤氏の『Jホラーの核心』によれば次のように定義されている。
Jホラーの歴史を端的に述べるならば、「ビデオから映画へ、そしてハリウッドへ」である。Jホラーのルーツは、1988年に発売された石井てるよし監督・小中千昭脚本のオリジナルビデオ『邪願霊』に求めることができる。「レンタルビデオ」という自らの依拠するメディアの性質を最大限に利用したこの作品は、前述の映画『リング』の脚本を務めた高橋洋をはじめ、レンタルビデオ店に集う映画マニア、ビデオマニアたちの間で話題を呼んだ。そして1991年から92年にかけてリリースされた、鶴田法男・小中千昭によるオリジナルビデオ『ほんとにあった怖い話』『ほんとにあった怖い話 第二夜』『新ほんとにあった怖い話 幽幻界』が、その後のJホラーの方向性を定めたと言える。それは、
- 過激なスプラッター表現は用いないこと
- 心霊実話のテイストを採用すること
の2点である。
――「ホラーブーム「再燃」の背景と歴史を鮮やかに解き明かす画期的論考! 鈴木潤『Jホラーの核心』序文特別公開」Hayakawa Books & Magazines(β)
ホラーゲームは今や一大ジャンルだが、国産ビデオゲームの歴史を振り返ると、1980年代~90年代中盤においてもホラー要素のある作品は存在した。
しかしたとえば当ブログでも取り上げている『ジーザス』や『ファミコン探偵倶楽部』は、前者はエイリアンに襲われるSFホラー、後者は主題が横溝正史的サスペンス&学園ミステリーであり。先述の2点からは外れる。サウンドノベルを確立した『弟切草』は謎の洋館に迷い込むホラーだが、心霊実話のカテゴリには入りそうにない。RPGでは黒沢清監督の映画でも知られる『スウィートホーム』(カプコン、FC、1989年)が人気だが、これも洋館サバイバルホラーでやはり当てはまらない。
そこで注目したいのが、学怖の企画がどのように始まったかだ。飯島氏は発売当時、次のように語っている。
飯島 ホラーやりたいって思った時の注意点ていうのは、オムニバスだったんですね。その本筋は変わってないですね。ホラーはユーザー層がなくて、前例があまりないので、作らせてもらえないんですよ。
――ホラータッチのキャラクターを使ったゲーム止まりですよね。
飯島 ホラーの要素を持ったゲームはあっても、「怖いゲーム」っていうのは僕にとってなかったんです。最近学校の怪談ものの本が売れているから、これだと。バンプレさんに話しにいったら即決でしたね。――「開発者飯島健男氏にインタビュー」『学校であった怖い話 必勝攻略本』P188
ビデオと書籍の違いはあるが、Jホラーの発端となった作品群と方向性は同じだった。過激なスプラッター描写を売りにはせず、日常的な場所を舞台にした心霊実話テイスト、そしてオムニバス。これらの特性を備えた『学校であった怖い話』は、ビデオゲーム界ではほとんど初めての試みだった。Jホラーは主にビデオ・映画作品に対する呼称だが、ゲームも立派な映像作品であることを考えれば、学怖もその類縁として確かに評価して良いように思う。
ところでホラー作品の要諦のひとつに、「終わりなき恐怖」というものが挙げられるだろう。映像作品であればエンドクレジットが流れても、書籍であればページをめくり終えても、まとわりつくような恐怖が残っていなければならない。一連のJホラー作品もそのようになっているはずだ。
学怖もこの要諦は当然抑えてある。特筆すべきは何度も周回することでゲーム内の主人公ではなくプレイヤー自身がループしているような構造になっていることだ。これはビデオや映画では不可能な仕組みである。
学怖には特定のエンディングをすべて踏破することで最後に見られる隠しシナリオが存在する。それが一応ゲームの最終エンディングと言えそうだが……今回のSwitch版で初めてプレイされる人のために、具体的な内容は伏せておこう。ともあれ終わりなき恐怖を突きつけられることは保証したい。
【参考文献】
『学校であった怖い話 必勝攻略本』(双葉社、1995年)
*1:1996年のPlayStationリメイク版『学校であった怖い話S』はサントラが発売されているが、BGMはスーパーファミコン版から一新されていた。
