発売元:アスキー
初出:1984年
『ポートピア連続殺人事件』で名を成した堀井雄二氏が手がけた、前作に続くサスペンスアドベンチャー。
東京の晴海埠頭に浮かんだ男の遺体を調べるうちに、舞台は広大な北海道に移る。相棒の猿渡俊介(シュン)とともに連鎖する殺人事件の真相を追い求めていくストーリーは、前作を遥かに上回るボリュームとドラマ性で称賛を得た。
本作の功績のひとつとして知られるのが、コマンド選択型を採用して後続作品への普及に貢献したことだ*1。それまで主流だったコマンド入力型はゲーム中にヒントがまったくないことも多く、単語探しに多くの時間を取られかねない欠点があった。
これ以前のクリエイターもその欠点はもちろん承知していて、プレイヤーのキーボード入力の負担を減らすための試みはいくつかなされていた(よく使用するコマンドはファンクションキーに割り当てておくなど)。しかし『オホーツクに消ゆ』がコマンド選択型というシステムを大きく知らしめ、画面右上にコマンド表示というフォーマットをも確立し、アドベンチャーゲームをよりプレイしやすいジャンルに発展させたのは間違いない。
PC版の時点で人気作だったが、本作をさらに有名にしたのが1987年に発売されたファミコン版だった。プロデューサーの塩崎剛三氏によれば、企画が持ち上がったのは1985年末。この時点では容量的に移植は無理と思われたが、ファミコンROMカートリッジの大容量化が進み、さらにパワーアップしての移植が実現したのだ。
グラフィックはイラストレーターの荒井清和氏が手がけ、劇画調だったのが年少者にも受け入れられるポップな絵柄に生まれ変わった。BGMの大半はPC版のいくつかの機種でプログラムを手がけた、「ゲヱセン上野」のペンネームで知られるライターの上野利幸氏が担当した。
とりわけBGMの評判は高く、ゲームの進行に合わせて変化するテーマはプレイヤーの感情を大きく掻き立てる良曲揃い。全21曲という曲数は当時のアドベンチャーゲームとしては破格だった。ゲームの発売からわずか2ヶ月後にはアポロン音楽工業からサウンドトラックが発売されたほどだ。
1986年頃までのアドベンチャーゲームはBGMの影が薄かった。ゲーム音楽研究家のhally氏は「テキストの読解に必要となる集中力を削ぎやすい」「ひとつのシーンの持続時間が長い」「ひとつのシーンの中でシチュエーションや感情が大きく動くことは少ない」と指摘する。ジャンルのスタイル自体、BGMとの相性が悪かったのだ。
シーン毎のBGMをふんだんに用意できるほどの容量的余裕もなかったのだが、ROMの大容量化の恩恵を受けられるようになった。コマンド選択でテンポ良く進む堀井氏のドラマにふさわしいメロディを、大量に投入することができた。
そして実在の地名が多数登場するそのドラマは、我々の現実と重なるリアリティを持っていた。
本作最大のエポックメイキングは何か。私はまさに「現実との接続」だと考える。摩周湖、屈斜路湖、阿寒湖、網走、知床といった点在する有名観光地に、プレイヤーはボタンひとつで気軽に行き来することができた。
福山幸司氏は『ポートピア連続殺人事件』の時点で、地名を入力すると瞬間的に移動するスタイルが画期的だったと指摘している。
広大な北海道を舞台にした『オホーツクに消ゆ』では、この特色がプレイヤーに大きなインセンティブを生み出した。素晴らしい情景を描き、メロディアスなBGMに彩られたこのゲームの舞台に、実際に足を運んでみたいと。
本作がきっかけで北海道を旅した人は昔から多かったと思われるが、2020年代に入るとゲームとコラボレーションした観光列車が運行し、関連グッズが販売されるようになった。私も多くの人に交じって道東三湖を訪れ、観光列車の車窓から流氷を眺めた。ファミコン版のプレイから実に30数年越しの夢が叶ったのだ。
ゲームと同じ舞台にファンを集め、経済効果をも生み出す――文字通りにゲームの枠を飛び越えた魅力を備えた『オホーツクに消ゆ』。2024年、オリジナルのPC版から約40年の時を経て発表されたリメイク版に、往年のファンたちは歓喜した。そしてこれを初めてプレイした若いプレイヤーたちが、新たに北海道への憧憬を募らせることだろう。
【参考文献】
塩崎剛三『198Xのファミコン狂騒曲』(SBクリエイティブ、2024年)
hally(VORC)『アドベンチャーゲームサイドVol.01 - アドベンチャーゲームの音楽史』(マイクロマガジン、2013年)
©ARMOR PROJECT / ©KADOKAWA
*1:コマンド選択型をアドベンチャーゲーム史上初めて採用した、と解説されることもあるが、必ずしもそうとは言えないことに留意が必要。『オホーツクに消ゆ』とは形式が異なるが1984年3月発売の『ミコとアケミのジャングルアドベンチャー』(システムソフト)などが知られている。
(参考:ゲーム保存協会の紹介ページ)https://www.gamepres.org/pc88/library/1984/miko.htm
福山幸司氏は『オホーツクに消ゆ』が「コマンド選択を体系化した」と評している。