アライコウのノベルゲーム研究所

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『たねつみの歌』レビュー:家族愛を歌い上げた2024年を代表する国産ノベルゲーム

たねつみの歌』(ANIPLEX.EXE、PC、2024年)

 

大きなネタバレはありませんが、プレイ後に読むことを推奨します。

 


 

『たねつみの歌』発売直前! STUDIO・HOMMAGEの『国』シリーズ全作品レビュー

選択肢なしノベルゲームの歴史概観――『たねつみの歌』序論として

 よくぞここまで――プレイ中、そんな感嘆の息が何度漏れたことだろう。
 ロープライス作品でありながらフルプライス作品に迫るほどの素材量。
 それらを駆使して一時も飽きさせないほどの画像演出。
 何よりもKazuki氏の織り成す、芳醇な生と死の物語。
『たねつみの歌』は間違いなく2024年を代表する国産ノベルゲームのひとつだ。

 2023年の春、16歳の誕生日を迎えた主人公みすずは、同じく16歳の姿となっている亡き母・陽子と邂逅する。
 不死である神々が新たな時代へと世代交代していくために必要な、神々の葬式――「たねつみの儀式」を遂行するための巫女として選ばれた陽子は、旅の仲間として娘であるみすずを誘う。さらに2050年に赴き、16歳になったみすずの娘・ツムギも仲間に加える。
 神々が住まう「常世の国」で彼女たちを待っていたのは、みすずの弟と名乗る水先案内人・ヒルコ。四人の家族は様々な困難に直面しながら不思議な世界を旅していく……。

 まず嬉しかったのは、自主制作で培われたKazuki氏の独自の作風が、商業の舞台でもなんら損なわれてはいなかったことだ。それは制作プロセスから表れている。
 Kazuki氏のノベルゲーム作りの根幹は、インタビューでも明かされているようにネームにある。シナリオライターは必要なCGのために字コンテや絵コンテを作るものだが、彼の場合ほとんど漫画のような労力になっているのだ。

800枚ぐらい描きました。キャラクターなどが動くシーンは基本的にすべてネームを描いて、立ち位置や動きなどをチェックしてわかりやすいかどうか、退屈に感じないかどうかなどを確認しています。あとは、シーンごとに明暗や色彩のコントラストなどもネームで判断していますね。

www.famitsu.com

 途方もない規模であり、事実ANIPLEX.EXE作品の前提であるロープライスに収まらないのではという懸念もあったようだ。しかしプロデューサーは「コストがかかりすぎるので別の方法を」などと止めず、Kazuki氏の持ち味を活かす作り方を貫いた。

メインの全員に背中の立ち絵がある

 膨大なCGを組み上げるためのコストも当然莫大だ。キャラクターが何気なく振り返る。二者がほんの数瞬向かい合う。シーン全体の色調が変化する。こういった細かい動きが無数にある。あらゆる挙動・カメラワークが完璧に計算されており、これらを実装してみせた演出・ディレクション担当のYow氏の功績も大きい。フルプライスであれば『魔法使いの夜』(TYPE-MOON、2012)のような偉大な前例があるが、ロープライスでここまでやった作品はないのではないか。

 そして作品全体を支えるKazuki氏のテキスト。第一の特徴は風景描写の豊かさだ。画面下にウィンドウを配置するタイプのノベルゲームはキャラクターと背景グラフィックが十分に目立っており、ともすれば地の文をなるべく省略するのが良しとされがちだが、『たねつみの歌』では独自のファンタジー世界をグラフィックの情報に頼ることなく綿密に描き出していく。氏の作品に初めて触れたプレイヤーはその詩情あふれる文章にまず胸を打たれるだろう。

頻繁に登場する食事シーン

 第二の特徴はキャラクターの生活感。『国』シリーズからそうだったが、とりわけ食事描写は自家薬籠中のものという趣きで、ただ美味しそうというのではなく人間の生理現象に根ざした欲求をも表現している。塩味を渇望するシーンはその代表例だ。
 Kazuki氏は時として肉体労働にも従事したというが*1、その実体験に基づいているのではないだろうか。簡単に流される程度だが、食事と対になる排泄欲求も描写していたのには驚かされる。ゲームの中の美少女はそうそうトイレには行かないものだが、生きる上で当然だと提示するのである。

 第三の特徴は生き生きとした台詞。短く切れ味がいいかと思えば、舞台演劇のように朗々と歌い上げる。常世の国の名もない住人たちでさえもその台詞にキャラクター性が滲み出る。
 Kazuki氏のこれまでの自主制作ゲームにはボイスがなかったので、「これは演者が口に出しやすいテキストになっているだろうか」という考慮も特段必要なく、読む楽しさを重視することができたが、本作ではどうしたか。そのスタイルを大きく変えることなく、聞いていても楽しい台詞に仕上がっていた。声優の素晴らしい力量の賜物だが、それに寄りかかることのないテキスト自身の力あってこそだ。ボイス収録後は一字一句たりとも手を加えられなくなるので細部の調整に苦心したはずだが、その困難な仕事は見事に結実していた。

 いよいよ肝心のストーリーを見ていこう。
 みすずたちと彼女らが対面する神々が、独自の葬式を通じて互いに交流を育み、あるいは対立していく。本作のテーマは家族と世代、生と死。こういったテーマはノベルゲームではしばしば扱われてきたものの主流ではない。商業の空気に囚われていなかったKazuki氏の作風が、ロープライスならではの斬新な企画を求めるANIPLEX.EXEと見事に噛み合ったのだ。
 挨拶代わりとばかりにぶつけられる、祖母と孫である陽子とツムギの討論は序盤の見どころのひとつ。そのジェネレーションギャップは聞いていて落ち着かなくなるが、リアルに生きるプレイヤーたちの心情をどこか代弁するかのようで、その自由闊達さには感銘も受ける。

 キーパーソンとなるのが、生まれなかったみすずの弟を名乗るヒルコ。その名の通り日本神話の水蛭子、蛭子神をモチーフとしている。イザナギとイザナミとの間に最初に生まれるも不具の子として海に流された、家族を知らない哀れな神。これをKazuki氏は独自に取り込み、オリジナルのキャラクターとして命を吹き込んだ。
 案内役であると同時に皮肉屋であるヒルコによって語られ、姿を現していく常世の国。最初は何者でもなかったが擬似的な家族と集団を作り上げるに至った神々……一連の描写が私たちの現代社会を映し出し、少なからず風刺していることにプレイヤーたちは間もなく気づかされるだろう。みすずたちの旅を通じて我々も否応なく、家族と世代というものの在り方を、それらを取り巻く文化自体を捉え直さずにはいられなくなる。

 ヒルコは家族というものが本質的に「化け物」ではないかと言う。この世に生まれた子。その子は自分を生んだ人間を「父」と「母」に強制的に変化させる。子供は誰かを親にしてしまう加害者。存在自体が暴力的ではないか――この恐るべき問いはみすずたちを貫き私たちにも突きつけられている。容易に答えが出るものではなく、プレイ後も深く心に残るだろう。
 かくしてみすずたちは忌憚なく言葉を交わしながら春の国、夏の国、秋の国と踏破する。チュートリアルとしての春の国、文明に生きる生物のおぞましさを突きつけられる夏の国、また一転して温かい夫婦の絆が見られる秋の国――いずれも素晴らしい構成で、プレイヤーは実際にそこを旅するように感情移入していく。
 このファンタジーを描くのに、なるほど選択肢は不要だった。通常であれば、みすずたちがピンチに陥るたびに選択肢を設け、どちらか一方はバッドエンドという構造にしてしまうだろう。Kazuki氏は決してそれを良しとはしなかった。余計な操作と余分なテキストで物語への没入を妨げてはならないと。いちいちタイトル画面に戻ってしまうなどもってのほかであると。私もこの姿勢を支持するものだ。

冬の国を駆け抜ける

 そして彼女たちは、最後の冬の国で最大の試練に直面する。それまでの困難が児戯に見えるほどの急転直下だ。
 黒幕の登場と物語の種明かしもされるが、率直に言えば当初、その展開には付いていきづらかった。スポーツにおいて急なルール変更を強いられたかのように感じたのだ。それだけみすずたちの道程に心が寄り添っており、安寧を望んでいたのだろう。
 彼女たちを突き放し叩きのめす極寒と激痛の冬。不可能を前にボロボロになりながらも這い上がり戦う姿。これが物語が終焉を迎えるのに真に必要なものだったとやがてプレイヤーは思い知る。ただしノベルゲームは一度のプレイですべてを了解する必要はないものだ。この展開に戸惑ってしまったという人も、部分部分でいい。それぞれの国での描写を読み直してみると腑に落ちるかもしれない。

 やがてみすずの冒険は無事に終わる。ここからのエピローグも十分な量を割いて満足いく見応えだ。
 現実に戻り、壮絶な経験もいつしか夢か幻のように儚く薄れていく。そんな中でみすずは確かな未来に出会う。ああ、あの日々はやはり本物だったのだと実感する彼女に、プレイヤーはまた感情移入を抑えられないだろう。
 上手い、とつくづく唸らされる。事あるごとに家族と世代の在り方に疑問を投げかけつつ、最後にはその反動として愛――無償の優しさの無限の価値を高らかに示してみせる。情に訴えるばかりではないテクニカルなシナリオだったのだ。
 付け加えると、ヒルコは七福神の恵比寿と結びつけられ、豊穣の神としても広く人々に親しまれている――

 一般に訴求する商業作品として細部にまで気を配られ、なおかつこれまでにKazuki氏が築き上げてきたオリジナリティも十分に詰め込まれていた。既存のいかなるノベルゲームとも類似点を見つけることは難しい。『国』シリーズと並び、氏の代表作として今後長く語られることになるはずである。
 唯一の気がかりは今後のANIPLEX.EXEだ。またいずれ選択肢なしのノベルゲームを作るとしても、この『たねつみの歌』と同等以上の作品をとなれば、どれほどの高いハードルであることだろう。

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*1:第10回ふりーむゲームコンテスト受賞コメントより。
https://www.freem.ne.jp/contest/fgc/10