発売元:アイディアファクトリー
初出:2010年
2000年代以降ノベル・アドベンチャーゲームの花形になったループ系のストーリーは、もちろん女性向けゲームにおいても少なからず採用されてきた。『夏空のモノローグ』もそんな作品のひとつである。
30年前、突如として超高層建造物「ツリー」が出現した土岐島。当初こそ世界中の注目を浴びたそれは何の謎も解明されず、今やこれといった関心を抱かれない存在となっていた。そんなツリーの観測に訪れた主人公の小川葵ら科学部のメンバーは、ツリーが歌い出すという奇怪な現象を目の当たりにする。その日から彼女たちは「7月29日」を繰り返すようになり……。
ループ系のストーリーには様々なパターンがあるが、本作は主人公含むメインキャラクターの全員がループを自覚しているのが特徴で、「終わらない夏」を主題としている。廃部を間近に控えていた科学部はループ現象に巻き込まれたことで、これ幸いと全員でその謎を解き明かそうというポジティブな動機を打ち出す。思春期を生きる少年少女たちのあくまでも等身大の日々を描いているのだ。ともすれば人死にが発生したり、辛く孤独な物語になりがちなループ系作品の中では、比較的珍しい部類だったかもしれない。
途中にはLRC(Loop Research Conference、ループ研究会議)が導入される。画面上に3つのイベントカードが表示され、目当てのものがなければシャッフルしつつ、自由に選択できるというものだ。科学部員との他愛ない実験の様子を描き、さらにクリア毎にイベントが増えていくが、攻略には直接影響しない。攻略とは離れたところで、繰り返されるループの中で青春を積み重ねていく主人公たちを温かく見守る……それが本作の目的のひとつなのだ。
そして乙女ゲームというジャンルに一般に想像される甘い展開は少ない。これはスタッフも自覚的だったようである。
ジョー*1 乙女ゲームって、一般的には、甘いセリフや恋愛面が求められるんですが、夏空はリリース当時であまりなかったタイプのゲームだったのかなと思います。ストレートに「愛している」とか「好きだ!」とかそういう言葉が控えめですし。
――『夏空のモノローグ 公式プレミアムファンブック』P273
もうひとつ重要なポイントがある。ノベルゲーム攻略の際は、一度クリアした後に「最初にセーブした選択肢のシーンをロードして別のキャラクターの攻略を目指す」という方法がひとつのスタンダードだ。いちいち最初からプレイし直すのは面倒だからだが、『夏空のモノローグ』はこうしたスタンスを許容しない。各キャラ攻略後は都度「初めから」プレイしなければ、最終ルートが解放されない仕掛けになっているのだ。
実は私も初回プレイ時にこれが原因で詰まってしまった。罠とも取られてしまいかねないゲームデザインだが、本作の謎ときわめて密接な関係を持っている。プレイヤーの手で「初めから」を選ばせる、その行為に確固たる意味を持たせているのである。一見するとささやかな仕組みではあるが、ループ系ノベルゲームとはどうあるべきか熟慮した上で盛り込まれたものなのだろう。
オトメイトの単発作品の中では評価が高かったが、ごく最近になって舞台化がされたり、Nintendo Switchへの移植が行われた。SF好きかつ糖度抑えめの女性向けゲームを求めている人には特に推奨したい。
© IDEA FACTORY / DESIGN FACTORY
【参考文献】
『夏空のモノローグ 公式プレミアムファンブック』(一二三書房、2016年)
*1:一ジョー氏。『夏空のモノローグ』のディレクター。
