アライコウのノベルゲーム研究所

ゲームライター・アライコウのノベルゲーム研究に関するブログです。

国産ノベル・アドベンチャーゲーム200選 第45回『リアルサウンド ~風のリグレット~』

『リアルサウンド ~風のリグレット~』(ワープ、SS、1997年)
※画像はDC版(1999年)

発売元:ワープ
初出:1997年

Dの食卓』で鮮烈なデビューを飾ったワープと飯野賢治氏。一躍ビデオゲーム業界の代表的存在となった飯野氏は、その後の数年間が全盛期だった。多忙にあって独自のゲームを模索し続けたが、彼の残した作品の中でもっとも特異なのは『リアルサウンド ~風のリグレット~』であると多くの識者も認めるのではないだろうか。

 就職を控えた大学生の野々村博司は、恋人の桜井泉水に彼女の会社の人事部長を紹介してもらう約束をしていた。しかし地下鉄に乗ったところで、泉水は突如何かを思い出したかのように姿を消してしまう。まるであの日のように……。

これがプレイ中の画面

 画面のない音だけのゲーム、その名も「リアルサウンド」シリーズの第1弾として本作は開発された。会話、音楽、効果音でストーリーは進んでいき、随所に選択肢による分岐が設けられ、その際はチャイムが知らせてくれる。
 言わばラジオドラマのノベルゲーム化という、かつて誰も実現したことのないものだった。1999年に発売されたドリームキャスト版ではイメージ風景を表示するビジュアルモードが搭載されているが、オリジナルのセガサターン版は本当に何も表示されない。臨場感あるプレイのために、テレビではなくオーディオ機器に接続することも推奨されていた。寝転がって目を瞑りながらのプレイさえ可能で、うっかり寝落ちしてしまったという人もいただろう(私のことだ)。

 泉水の落とした手帳を持って現れた少女・高村菜々を伴い、博司は恋人の足取りを追って故郷に戻る。泉水が一向に姿を見せない中、博司は幼き日の断片的な思い出を辿っていく。やがて菜々の思わぬ秘密が明らかになり……。
 夏の匂いを感じさせる淡い恋愛を見事に描写したのは『東京ラブストーリー』等で知られる脚本家の坂元裕二氏。『Dの食卓』をプレイするなどゲームに傾倒していた頃、彼はゲーム業界と繋がりを持ちたいと考えた。やがて映像のないゲームを作るにあたりテレビドラマの脚本家を起用したいと希望する飯野氏のオファーに応じたのだ。

 本格的なゲームの脚本は初めてだった坂元氏だが、プロの技を遺憾なく発揮していた。会話で進行するということは、会話ならではの仕掛けがあるということ。聴覚だけに頼るプレイヤーは、知らぬ間に彼の仕組んだトリックに囚われる。私も初プレイ時「あっ、そういうことだったのか」と唸らされた。
 プレイヤーの想像力を掻き立て、脳裏に映像を浮かび上がらせる立体的な音響も特筆される。特殊なマイクロフォンを使用し、複数の録音ブースを使い分け、すべての効果音を生収録するなど、リアルサウンドという看板は伊達ではない。

 しかし本作の何よりの美点は、視覚障害者でもプレイできることだろう。
 今日のビデオゲームは障害を抱えてもゲームを楽しめるアクセシビリティが重要視されているが、『風のリグレット』はこれに取り組んでいた、世界を見渡しても最初期のゲームのひとつと評価されているのだ。

World Braille Day - Great Games for the Visually Impaired - GameRevolution

 斬新であり、社会的意義さえもあるゲームだった。リアルサウンドシリーズは第2、第3と企画されていたが、諸事情で叶わなかったのは残念でならない。結果として『風のリグレット』は唯一無二の作品となった。それも長らく実機を持たない人にはプレイできなかったが、2024年にオーディオブックとして復刻したのは喜ばしい。

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 そしてこのジャンルは、もっと可能性があると個人的に感じている。

【参考書籍】
『リアルサウンド「風のリグレット」公式ガイドブック』(アスペクト、1997年)

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