アライコウのノベルゲーム研究所

ゲームライター・アライコウのノベルゲーム研究に関するブログです。

国産ノベル・アドベンチャーゲーム200選 第85回『ルートダブル -Before Crime After Days-』

ルートダブル -Before Crime After Days-』(イエティ、Xbox360、2012年)

発売元:イエティ
初出:2012年

 2011年3月に発生した東日本大震災と福島原発事故は、日本史上最大級の被害を広範にもたらしたと同時に、社会的な影響も甚大なものとなった。ビデオゲーム業界もその影響を避けることはできず、開発延期や開発中止に至る作品が少なからずあった。
『ルートダブル -Before Crime After Days-』もそんな作品のひとつだった。開発が困難になったわけではなく、ストーリーが「原子炉事故で放射能汚染された研究施設からの脱出」であるという事前情報から、この大災害を強く想起させてしまうものだったのだ。しかしスタッフは一時プロジェクトを凍結したものの、熟慮の末当初の企画通りに開発を再開して発売させた*1。そしてXbox360発のオリジナルノベルゲームとしては『STEINS;GATE』に劣らぬほどの評価を獲得したのである。

ラボに閉じ込められた者たち

 西暦2030年9月16日。鹿鳴研究学園都市の郊外にある研究施設、通称「ラボ」にて爆発事故が発生し、9名の男女が閉じ込められた。放射能で汚染されたとされるラボ内の主人公たちに、刻一刻と死が近づいていく。閉鎖空間の中で頻発する不可解な現象、そして凄惨な殺人事件。はたして彼らは極限状態から抜け出すことができるのか……。
 通報を受けて出動しラボの中で記憶を失ったレスキュー隊隊長の笠鷺渡瀬と、ある目的のためにラボを訪れて事故に巻き込まれた学生の天川夏彦。本作はこの2名の主人公の視点で描かれる。プロデューサーは『Ever17 -the out of infinity-』などに携わってきた中澤工氏。巨大事故発生、閉鎖空間、ダブル主人公という構成がこの金字塔を彷彿とさせるが、まずはシステム面から大きな違いがある。

センシズ・シンパシィ・システム

 通常の選択肢が存在しない代わりに用意されている「センシズ・シンパシィ・システム(SSS)」が本作のユニークポイントだ。センシズとは印象や感情や感覚のこと。オーソドックスなノベルゲームでは、選択肢によって他のキャラクターの好感度が上下する。しかしこのSSSでは、主人公が他のキャラクターをどう思っているかを都度評価する。
 つまりあるシーンでは好印象を抱いていても、別のシーンでは悪印象を抱くということがありうる。このシステムの対象には主人公本人も含まれており、己の意見や直感に自信を持てるか持てないかという評価を下すことになる。好感度をゼロから積み重ねるのではなく、状況によって大きく変化させていく――これは巨大事故に見舞われ極限状態に置かれたというシチュエーションに、この上なくマッチするゲームデザインとなっている。

 近未来SFとしての強度も見事だ。他人と心の声を送受信できるBeyond Communication (BC) と呼ばれるテレパシー能力が理論上確立しているという設定で、ストーリー上大きな役割を果たしている。この超常的な能力は、否応なくトラブルを発生させ大きな社会問題になり、各国の国家プロジェクトにまで発展した経緯が語られていくが――実のところ本作の見どころは脱出劇以上に、この能力にまつわる人間の描写にある。
 BCは便利ではあるが、強い情報伝達力が暴力性をも孕む。これは現在のSNSにも通じる。2010年代前半にはまだSNSの諸問題はさほど顕在化していなかったが、それらを予見していたような描写が見られるのは注目に値する。中澤氏も次のように語る。

中澤 『ルートダブル』には「人間にはそれぞれの価値観があり、お互いの立場になってみなければわからない、自分の中で絶対の正義と思ったことが、相手にとっては必ずしも正義じゃない」という思想がテーマとしてあるのですが、そのような複雑な人間の心の在り方をゲームで表現したいという思いは昔からありました。


――「『ルートダブル』中澤工インタビュー」『アドベンチャーゲームサイド VOL.02』P63

 しかし強化されたネットワークとその情報伝達力は、きっとポジティブな方向で活かせると示しているのが本作の真なる美点なのだ。SSSはただシステム上の存在ではなく、プレイヤーと密接にリンクするものだとやがて気づかされる。これを駆使しながら主人公たちの疑心暗鬼を解いていき、真実と生存への道に導いていく過程には、プレイヤーはまさにビデオゲームならではの充実感を得られるはずだ。

 プレイ時間50時間以上にも及ぶ大作で、回想シーンを多く採り入れたシナリオは冗長のきらいもあったが、のちの移植版では新要素追加とともに一部構成が見直され、テンポアップが図られている。
 未曾有の天災を乗り越えた作品という、ゲーム外の観点から語られることが今後も多いだろうが、何よりも優れたクオリティと独自性を誇るノベルゲームとしての価値が語り継がれるべきだろう。

© イエティ/Regista

【参考文献】
『アドベンチャーゲームサイド VOL.2』(マイクロマガジン、2014年)

*1:『ルートダブル』再開についてのご報告
https://www.yetigame.jp/w/saikai.html